ちんたら療養日記4 

南の国からこんにちは

昨日と今日のよもやま(カリスマと才能編)

どうもこんにちは。

いやー。

昨日更新するはずが、なぜか午後からすさまじい眠気に襲われてですね。

そのあとも眠くて眠くて、ソッコウ寝てしまいました。

すいません。

で。まずは昨日のトピック!

薬が!薬がとうとう減量だよ!!

もうかれこれ二年近く飲んできた某抗ウツ剤が、とうとう減量に入ったぜ!

いやー。長かったよ!ホント!

で。もうひとつ!今日のトピック!

『意志の勝利』、見てきました!

『意志の勝利』とは、前に書いたあのナチスのプロパガンダ映画。

コメントくださったSINDYさまと、行ってまいりました。

感想はね。

スゴイ。圧巻。

もうね。凄まじいという表現がぴったりな映画でした。

1933年の国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス・ドイツ)の、

ニュルンベルクでの党大会の模様なんですけど。

北の某国のパレードは、これをモデルにしてるんじゃないかというくらい酷似してるんですよ。

もうね。

何万という人々が、諸手を挙げてナチスを歓迎するんです。

で、何万という党員たちが行進したり、総統(ヒトラー)の有難いお言葉を頂くんですけど。

もう、お偉いさんや総統の一言一言に、ものすごい歓声と雄たけび。

おなじみの右手を掲げて、「ジーク!(これは代表者の掛け声?)」「ハイル!」「ジーク!」「ハイル!」。

(有名な、「ハイル・ヒトラー」はあまり聞かれませんでした)

この全体主義というかなんというか、圧倒的な「民衆の支持」の迫力は、ただものじゃないです。

しかも、全体の大人数の俯瞰映像だけではなく。

さりげなく、参加者の目線から大会の様子が映ったり、総統の姿が見えたり、

塀によじ登って様子を見ようとする子どもの姿が映ったり、

郊外でテント張って待機してる党員の若者たちの楽しそうな姿が映ったり、

さすがに五感と言わないまでも、「民衆」のいろんな部分を見せつつも、

みんなナチスを熱狂的に支持していることがさまざまな側面から見せてきます。

で。

圧巻は最後の総統の演説ですよ。

ドイツ語から離れて久しいのでだいぶ言葉を忘れていた私でも分かりやすいような、

大げさな単語のオンパレード。

「平等」「勝利」「闘争」「圧倒的に」「絶対に」「…しなければならない」「…違いない」。

極端な単語ばっかりで、しかもヒトラーの演説は身振り手振りが激しく、口調も大げさ。

テレビで一瞬見る、あの「ヒトラー」像そのままです。

でも。

この映画で見ると、テレビでの印象はまったく違いました。

おそらく映画での演説はフルバージョンなんですね。

頭では分かっていても。

ヒトラーのカリスマ性は、半端じゃない!!!!

ナチスの圧倒的な全体主義は、よほどのカリスマ性がないと不可能だと思っていました。

それに一言一言が何万人もの熱狂を生むというのはどうにも理解ができないし、

演説自体をよくよく聞くと、「もっと現実を見ろよ」って感じの理想ごとというか、絵空事っぽいんです。

でも、映像だけでもこれだけの圧倒的な求心力があるのならば、

この大会を生で見た人たちや、少なくても同じ空気を共有したことのある人たちが、

否応なくナチスに同調してしまったのを、「愚かである」と責めることはできません。

人を惹き付ける才能。人々を統率し、率いていく才能。

事の是非を一瞬でも疑うことすら許さないほどの、圧倒的な牽引力。

これが、もっとも恐ろしい形で現れてしまったのが、ナチスなんだと思います。

そして、その恐ろしいほどまでのカリスマ性を見事にスクリーンで表現してしまった、

この映画の監督リーフェンシュタール氏。

彼女もまた、その豊かな才能ゆえにヒトラーのカリスマ性に引かれてしまい、

その結果一番やってはいけない形でヒトラーの「魅力」、ナチスの「魅力」を表現しきってしまったのですね。

本当に、圧倒的な映像力です。すごい映画です。

だからこそ、これほど哀しい映画はないのではないでしょうか。