ちんたら療養日記4 

南の国からこんにちは

今日のよもやま(オーストリア編)

どうもこんばんは。

えーと。

これ、感想書きましたっけ。

佐藤亜紀 『バルタザールの遍歴』

昨日のナチスつながりというわけではないのですが、

第一次大戦終戦後にあっけなく終焉を迎えたオーストリア(=ハンガリー)帝国が舞台。

一人の体を共有する形で公爵家に生まれてしまった双子のバルタザールとメルヒオールの、

「ちょび髭の伍長」率いるドイツに「接続」されてしまった祖国と、

それを眺めるなんとも言えない退廃的な遍歴を描いた物語。

なんというかね。

帝国の残光って、独特。

同じドイツ語を使っているといっても、ドイツとオーストリアは、全然違う文化圏です。

そりゃあ、片や神聖ローマ帝国に端を発するそれぞれの王国の連合体、

片やかのハプスブルク家が支配するオーストリア帝国

全然母体も違うのですね。だから文化も全然違う。

さっきの説明では分かりにくかったかもしれないのでもう少し詳しくお話しすると。

時代は、ちょうど第一次世界大戦終戦直後。

主人公のバルタザールとメルヒオールは、世が世であれば大手を振って生きていける、

ハプスブルクの傍系に端を発する公爵家の世継ぎとして生まれました。

しかし、終戦によってオーストリア=ハンガリー帝国は消滅、

身分を保証してくれたハプスブルク家は国外追放になってしまったことによって、

由緒正しい公爵家は突然巨額の負債を背負うことになってしまいます。

かれらの母親は、帽子屋に支払いを確認され(いつもつけで買っていた)、

その屈辱のあまり食事ものどを通らず死んでしまった。

時代の変化に付いてゆけずに朽ちていく元貴族たち、

彼らの手放した遺産を狙う新興のブルジョワたち、

そして確実に歩を進めてくるナチスの連中。

バルタザールとメルヒオールは、その特異な生まれと時代の流れに祖国での居場所を失い、

自らを滅ぼすかのように酒に溺れ背徳の恋に溺れ、暴力や欺瞞の中に溺れていきます。

自らの「高貴な」生まれとその荒れた生活、各地を転々とする様はまるで流浪の民

二つの「世界大戦」と、制服にすら「そのあまりに暴力的な色彩を持つ」ナチスの存在は、

圧倒的に「世界」を変えてしまい、彼らの存在を確実に脅かす存在でもあったのです。

滅びゆくものの美学、と簡単に表現しますけれども、

その当事者の絶望や退廃というものは壮絶の一言につきます。

しかし、前時代の遺物である「旧帝国の公爵」である「彼ら」は、

どんなに身を持ち崩しても遍歴を重ねても、独特の美しさを持つのです。

その、ねっとりとしつつ呪われた美しさを、

オーストリア」というちょっと日本人にはなじみの薄い国を基盤として展開するこの物語は、

圧倒的な筆致をもって私たちに「時代の変化」を見せつけます。

というか、なんというか。

同じドイツ語を話すといっても、ドイツとオーストリアではぜんっぜん文化も意識も違いますね。

ま、当たり前といえば当たり前なんですが。

学部時代、ドイツ語を4年間ガチでやってたんですが、

そのときの上級クラスにはオーストリア好きの方がたくさんいらっしゃいました。

彼らの特徴は一言で言うと「文化人」。

特に、音楽好きとおいしいもの好き、ワイン好きが中心でした。

それまでの「ドイツ」好きの人たちとは確実に何か一線を画していたのが印象的で、

オーストリアを何も知らない私が素朴な質問をすると、

「ドイツなんかと一緒にしないで」と言わんばかりに訂正してくださいました(笑)。

彼らの皮肉的な名所は、ナチスのSSのだれか(忘れた)がヒトラーの誕生日プレゼントに贈った、

山の上の黄金の宮殿です。

黄金で縁取られたガラス張りの展望台は、特設エレベーターで登れるようになっているそうですが、

実はヒトラーは高所恐怖症で一度も訪れたことがないそうです。

たしか、ザルツブルク郊外にあったように聞いています。

話がずれました。

オーストリアって、独特のところなんですね。

機会があったら、訪れてみたいです。