ちんたら療養日記4 

南の国からこんにちは

これまでのよもやま(先生のこと編)

どうもこんにちは。

お久しぶりです。

先生が逝かれてから、まだ一週間くらいしか経っていないんですね。

驚きです。

なんだか、今まで体験した中で一番長い一週間だったような、

一番短い一週間だったような。

変な感じです。

私が唯一のドクター院生だったため、

学生としては、最後に先生に会ったのは私でした。

九月から体力が急に落ちて、夏休み明けから入院することになった先生は、

その前に、事務処理の引き継ぎを兼ねて私と会って下さいました。

もちろんご自宅へ伺ったのですが、そんな体力はとてもなさそうであったにも関わらず、

あちこち動き回って、書類にあらかじめサインをしてくださったり、

あとはすべて提出するだけに事前に全部書類をまとめて下さっていたり、

至れりつくせりのご対応でした。

最後に、「もし自分が死んだらこれを○○先生に渡してね」とCDを渡して下さいました。

「それまではみんなに見せちゃだめ。でも特別にあなたは見てもいいよ。でもみんなにはナイショ」

「やだなあ、なに仰るんですか先生」

と、そのときにはまた先生の不謹慎な冗談だよ、と思ってお別れしたのですが、

それがまさか最後になるとは。

先日、お預かりしていたCDを拝見しました。

未発表論文と未発表の本の原稿と一緒に、去年とおととしの先生の顔写真、

先生の略歴をまとめたものが入っていました。

なんとなく、入院中でもみんなにナイショだったものを見づらくて見ていなかったのですが、

こないだ初めて中を空けて見てみました。

未発表論文の内容はさすがにまだみなさんにもナイショですが、

その内容が、あまりにも遺稿にしては出来すぎているような内容で、

それを見て、初めて先生がもういらっしゃらないのだと実感しました。

先生の学生になって、たったの4年。

でも、途中で体を壊して大学を休んだので、研究の指導を直接受けたのは、

そこからマイナス1年半。

いくら体を壊したとはいえ、その1年半を、これだけ悔んだことはありません。

週明け、というかおととい、学部ゼミの5限に、みんなで先生のお好きだったギネスで献杯しました。

飲みまくって酔っ払ってそのまま寝たら、先生が夢に出てきました。

あまりにも当然のように一緒に道を歩いていたので、

「ああなんだ亡くなったなんて悪い夢でも見てたんだ」と思った、という夢でした。

先生。あまりにも、早すぎます。

ご冥福をお祈り…まだできません。ごめんなさい。

その代わり、この秋諦めかけてた研究活動を、やることにしました。

月末提出の研究助成エントリー、来月末の学会発表と「例の」紀要論文提出、

12月頭の来年春の学会発表エントリー。

全部やります。がんばります。

そうやって発奮するしか、気持ちのやり場がありません。

学部生も学園祭の研究報告や卒業論文にがんばっているし、私も負けてられません!!

むん!